特集
山への入口は、
低くていい。
Feature No.019 — Hike & Ramen Routine
低山ハイク&
ラーメン ルーティーン
関東の手頃な低山に登り、ラーメンを食べて、下りてくる。文章にしてしまうと、それだけである。それでも、休日の過ごし方としてはずいぶん豊かだと思う。そんな手軽な山登りを、僕は提案したい。
山頂を極めるわけでもない。何日もかけて縦走するわけでもない。朝早く東京を出て、関東の山に登り、お湯を沸かしてラーメンを食べる。昼過ぎには街へ戻り、何事もなかったかのように電車に乗って帰る。
山から離れていた
僕は高校と大学で登山部に所属していた。80Lの大きなザックを背負い、日本アルプスの山々を歩いた。テントに泊まり、ときには何日も風呂に入らなかった。当時の僕にとって、登山とはそれなりの準備と体力を必要とする、大がかりなものだった。
ところが社会人になると、山は急に遠くなった。仕事をしながら天気と予定を合わせ、早朝に起き、装備を準備して出かける。その一つひとつが、以前よりも面倒に感じられるようになった。山へ行かない期間が長くなるほど体力にも自信がなくなり、さらに足が遠のく。
一方で、社会人になった友人たちは、なぜか次々とアウトドアに目覚めていった。キャンプを始める人がいる。トレッキングシューズを買う人がいる。山へ戻りたい僕と、これから山へ入ってみたい友人たち。両者の利害が一致したところで、この小さな企画は始まった。目的は単純である。関東の手頃な山に登り、景色のよい場所でラーメンを食べる。登山は、そのくらいの理由で始めてもよいと思う。
Cast — 登場人物
J氏Linguist
K氏AI Engineer
第一弾 高尾山Mt.Takao 599m
最初の山として選んだのは、高尾山だった。高尾山は、登山をしない人でも知っている、あまりにも定番の山である。ケーブルカーがあり、売店があり、山頂には大勢の人がいる。北アルプスを歩いていた頃の僕なら、わざわざ「登山」と呼ぶことに抵抗すらあったかもしれない。
されど高尾山。久しぶりに歩いてみると、高尾山はちょうどよかった。東京から近く、歩く距離も自分たちで調整できる。それでいて、街を離れて木々の間に入れば、足元には土があり、頭上には空がある。街中を歩くのとは明らかに違う時間が流れている。高尾山は十分に山である。
高尾山には、友人のJと二人で登った。Jは韓国マニアの言語学者で、イギリス仕込みの皮肉を垂れながら、約80分の道のりを歩いた。山道に入っても口数が減ることはなく、こちらが息を整えている横で、歴史文化やらなんやらを垂れている。
山頂に着いたら、今回の主目的であるラーメンを作る。ラーメンの銘柄は辛ラーメン。もちろんJのチョイスだ。コッヘルに水を張り、EPIのシングルバーナーで湯を沸かす。シティーボーイのJには、シングルバーナーが珍しかったらしい。火がつき、お湯が沸いていく様子を眺めながら、早くも購入を検討し始めていた。下山後には、散財を宣言している。
山頂で食べるラーメンには、特別な調理法があるわけではない。麺もスープも、地上で食べるものと同じである。それでも妙にうまい。ここまで自分の足で運んできたこと。冷えた空気のなかで湯気が立っていること。そして、遠くに富士山が見えていること。味覚とは、案外そういうものの総体なのだと思う。
MT.TAKAO599m→MT.ŌYAMA1,252m
第二弾は、神奈川県の大山。高尾山よりは少々険しいが、都心から日帰りできる身近な山である。入口は低く、しかし少しずつ高く。
第二弾 大山
当日は、ちょうど年に一度の大山登山マラソンの日と重なっていた。登山口へ向かう道は大渋滞。予定していたルートを諦め、ヤビツ峠側から登ることになった。山へ行くと、計画どおりにいかないことがある。今回は、山に登る前からその洗礼を受けた。
今回のメンバーは、前回のJに加えて三人。僕を含めて、五人のパーティーである。Jは相変わらず講釈を垂れながら歩き、登山の詳細をろくに聞かされないまま来た一人はコンビニ袋を提げている。別の一人は、取ってつけたように「いや、登山いいなあ」と繰り返す。その背後を歩きながら、僕は一眼で彼らの写真を撮る。五人五様、どうにもまとまりのないパーティーである。
五人で歩いていると、沈黙のあとに誰かが突然話し始める。Jが韓国の話を再開することもあれば、別の誰かが仕事の話を始めることもある。少し歩くと、また黙る。会話と沈黙が、登山のペースに合わせて入れ替わっていく。そうしているうちに、次第にさっきまでいた街が遠くに見える。山登りのおもしろさは、景色の美しさだけではない。自分の足で歩いた距離が、そのまま風景として現れることにある。駅も道路も建物も小さくなり、代わりに空が広くなる。
山頂につくと、もちろんラーメンを作った。高尾山で一度経験しているため、準備は少し手際よくなった。二人分から五人分へと人数は増えたが、役割分担も自然に決まっていく。水を用意する人、具材を出す人、鍋を見守る人。誰かが指示を出さなくても、ラーメンを食べるという目的に向かって、五人はこの日初めて統率の取れたパーティーになった。
より高い山へ、より長い道へと進む楽しみも、もちろんある。けれど、山に登ることの価値は、難しさだけでは決まらない。友人と歩き、疲れたところでラーメンを食べる。遠くの山や街を眺め、また自分たちの暮らす場所へ帰っていく。それも立派な登山である。
山への入口は、低くていい
入口はもっと低くていい。歩きやすい靴を履き、水と防寒着を持ち、天気のよい日に近くの山へ行く。目的は絶景でも、運動不足解消でも、ラーメンでもいい。
登山から離れていた僕にとって、この二回は山へ戻るための足掛かりになった。いきなり大きなザックを背負ってアルプスへ行こうとすれば、準備の段階で嫌になっていたかもしれない。しかし、日帰りで低山へ行き、山頂でラーメンを食べるだけならできる。
小さな山に登ったことで、かえって遠くの山も思い出すようになった。あの稜線をもう一度歩きたい。久しぶりにテントを担いでみたい。以前は当たり前だった山の時間を、今の生活のなかにもう一度取り戻したい。
同時にこれは、友人たちを山へ連れ出す試みでもある。登山に興味はあっても、装備や体力に不安がある人は多い。「登山」と聞いただけで、3K(きつい、臭い、危険)を連想する者もいる。だが、山道を歩けば、普段の肩書や役割から少し離れられる。歩く速さや疲れ方、休憩中の過ごし方に、その人らしさが見えてくる。大切なのは、街から少し外へ出て、自分の足で歩いてみることなのだと思う。
関東には、朝に家を出て、昼にラーメンを食べ、夜には帰ってこられる山がまだたくさんある。
さあ、次はどの山で、
ラーメンを食べようか。